雨が降り地面の温度が上がってくると途端に草花の生育がよくなり、週末は草むしりなどの雑用に追われるようになりますね。梅雨明けが待ち遠しい今日この頃です。
今回は前回に引き続きコミュニケーションについて考えてみたいと思います。先回はノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)について述べました。皆さんは人とのコミュニケーションについて悩んだことはありますか?私はいつもコミュニケーションについて課題と向き合って悩みをもっています。それは自分の姿や立ち居振る舞いがリアルタイムでモニターできないからです。自分のコミュニケーションは、不快じゃないかな?不潔な服装じゃないかな?大人として妥当な言動だったかな?といつも自問自答の連続です。身だしなみや立ち居振る舞いをノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)と言います。
心理学者アルバート・メラビアンによれば人が他人に与える印象のうち言語情報が占める割合はたった7%、残りは視覚情報55%、聴覚情報38%だそうです。つまり「何を言うか」より「どう見えるか」「どう聞こえるか」がはるかに重要と言うことです。
見た目を整えるより先に、まず、何故相手に良い印象を与えることを勧める情報があふれているのかということについて考えてみたいと思います。貴方がもし無人島で暮らしていたり、山の中のポツンと一軒家で自給自足の生活をしているならノンバーバルコミュニケーションなんてことは考える必要のないことでしょう。でも多くの人は会社に勤めて他人から評価を得たり、個人商店を経営して客に利用してもらうことによって収益をあげなければなりません。自分がどう見られているかを考えていない人はいないでしょうし、他人が自分のことをどう思っているかが気になる人は少なからずいるでしょう。エゴサーチなんていう言葉がありますが、SNSなどで私生活を発信している人は100%自分の評価(良い評価も悪い評価も)を気にしているでしょう。
ここで整理しておきたいのですが相手にどう思われるかを全力で考えて振る舞うのと、相手がどう思うかという問題は全く別の事柄です。どう思われるかを考えて自分の言動を考えるというのは自分軸の話です。自分でどのようにもコントロールできる話です。しかしその先の相手が自分のことをどう思うかについては、自分が全くコントロールできる話ではないので、考えるだけ無駄です。他人の領域(他人の心の中)をあれこれ考えるのは他人軸の考え方です。
ノンバーバルコミュニケーションを論じるときに、自分軸と他人軸と言う考え方は重要だと思います。自分が相手に良い印象を持ってもらいたいということは、相手に媚びるというのと似て非なるものです。相手に良い印象を持ってもらいたいというのは、見方を変えると相手を気持ちよくしてあげたいということです。相手の好きな話題の話を振って、得意げになって話すのを頷きながら聞いてあげたり、相手の褒めてほしいポイントを褒めたりるのは自分がコントロールできる(主導権を握る)行為で、相手の自分に対する評価を一切気にせず、自分が相手に寄り添うイメージです。それに対して媚びるというのは自分の評価を上げてもらう為に相手の機嫌をうかがう行為です。この二つは一見よく似ているのですが、全く性質の異なる行為です。
ノンバーバルコミュニケーションが必要ないとか、相手から良く思われる必要が無いという考え人の中には、相手を気持ちよくさせる行為と媚びを混同して、他人に媚びたくないという人もいるのではないでしょうか。他人を喜ばす行為は、良い種まきですからやった行為はすべて自分に良い結果となって返ってきます。評価が上がったり、収入が増えたり、健康になったり、良いことばかりです。対して媚びるというのは自分でコントロールできないことを何とかしようとする行為で、相手の自分に対する評価を考えていても考えるだけ無駄です。インターネット上で悪評を流されて精神が病んでしまう例もよく見られます。精神の健康と不健康を分ける境界は、ここにヒントがあるかもしれませんね。