日本の夏は年々暑くなっているような気がしているのは私だけでしょうか。
今回は高校野球ネタで人生を振り返ってみたいと思います。
日本高野連は今年4月の理事会で、今大会からのビデオ検証導入を決定しました。対象となる判定は、ホームラン、エンタイトル二塁打の打球、フォースプレー、タッグプレー(タッチプレー)、キャッチまたはノーキャッチ、フェアまたはファウルなどになりますが、アマチュア内規の危険防止ルールに関するプレーも対象となります。委託した中継局の映像を用い、ネット裏にいる検証のための審判が判断し、検証開始から2分以内に確証が得られない場合は、判定通りとなるそうです。SNSで審判が誤審だなんだと叩かれることから審判を守るための苦肉の策だとは思います。
しかしこのビデオ検証に元巨人軍の桑田真澄氏はテレビ番組の中で「僕は反対です」と断言していました。理由は「高校野球はやっぱり教育の一環ですから、審判の判定を受け入れてそこから気持ちを切り替えて次に向かっていく。そういうこともすごく大事な学びになると思いますので僕は反対ですね」と言っていました。
世の中は理不尽なことが沢山あります。人気のラーメン店で長蛇の列に友達が横から割り込んだり、自分より後から店に入った人の注文したものが先に出たり、高速道路で自分よりスピードを出している車は捕まらないで自分が捕まったりと理不尽なことだらけです。皆さんなら理不尽な目にあったときに納得いくまで戦いますか?それとも戦うだけ時間の無駄とあきらめて次に向かいますか?
心理学ではレジリエンスと言って、困難や逆境に直面した時に、大きなダメージを受けつつも、しなやかに立ち直って適応する力を指します。このレジリエンスの高さが大人の印ということです。子供はレジリエンスが低いです。嫌なことはやりたくないし、欲しいものは駄々をこねる。注意されるとへそを曲げたり怒ったりします。世の中は自分の思い通りになると思っていますが、だんだんと大人になるにつれ、自分の思い通りにならないことが増えてくると、どこかで折り合いをつけて諦めるようになります。これがレジリエンスが高くなってくるということです。好きな人が出来ても自分に好意を寄せてくれなければ恋愛関係は成就しません。「どうして私のことを好きになってくれないの!」と責めたりしたら余計に嫌われてしまいます。好きになってもらうように努力をしても、相手が自分に振り向いてくれなかったら片想いで終わりです。それ以上強硬なアプローチをしたらストーカーとして見られるかもしれません。
桑田真澄さんが言いたかったのは、子供の頃にやるスポーツは、スポーツを通じて体を鍛えたり、努力が実を結ぶ経験、逆に努力しても報われなかった経験、理不尽なルールや誤審などで悔しい思いをすることが、経験として一人の人格を作り上げていくということだと思います。レギュラーになることも自信につながりますが、レギュラーになれなくてもチームで戦って友達を応援した経験は、そのスポーツに参加した子供にしか経験出来ないことです。コーチや監督は勝つことを目標に子供を叱咤激励しますが、親はたとえ勝負に負けてもそこで経験することが、子供の人生の糧になると信じて見守ることで子供の自己肯定感を育むのに役立つはずです。
勝負に勝ったり成功体験が自己肯定感を高めるのではありません、失敗しても失意のどん底でも自分には価値があると思えることが本当の自己肯定感だからです。