今年は秋の気配がなかなか見えず、いつまでも暑い日が続いていますね。
今回は、世界の戦争と人間関係のトラブルについてお話ししたいと思います。いつの時代も世界のどこかで戦争が起きていて、なかなか本当に平和な世界って実現しませんよね。同じように私たちの身の回りでも親子喧嘩、友人とのいざこざ、職場での人間関係のトラブルなどが絶えることはありません。
戦争や喧嘩の原因は色々あると思いますが、その要因の一つとして「自分は正しい、相手が改めるべき」というガチガチに凝り固まった思い込みがあります。思い込みと言いましたが「自分が正しいと思っていること≠他人が正しいと思っていること」が呑み込めないことが苦しみの原因であり、トラブルの元凶となりうるのです。
例えば、挨拶は相手の顔を見てするべきと思っている人と、挨拶は声の交換でオッケイと思っている人がいるとします。顔を見てするべきと思っている人から声をかける場合は顔を見て「おはよう」と声を掛けますが、相手は顔も見ずに「おはよう」と返事をします。どちらも自分の正しさを実行しているわけですから、悪意はないのです。しかし「あいさつは顔を見てするべき」と思い込んでいる人にとっては「失礼な人」と見えてしまいます。声の交換でオッケイと思っている人は普通の挨拶をしているだけです、自分が失礼な態度をとっているなんて微塵も思いません。ここでモヤモヤしているのはどっちの人でしょうか、間違いなく「挨拶は相手の顔を見てするべき」と思いこんでいる人です。礼儀正しい人ほど、他人に対して不満を抱いているケースが多いとも言われます。友人同士で挨拶の仕方で喧嘩になるケースは稀ですが、親子や上司と部下の関係だと自分の思い込みを相手に押し付けるケースがよくあります。
客観的に双方の意見を聞いてみるとそれぞれの言い分があり、それぞれに正当な言い分を持っています。ではどうして思い込みのずれがトラブルになるのか考えてみましょう。自分の思い込みと相手の思い込みが十人十色、百人百様であることはちょっと考えればわかります。それだけなら何らトラブルに発展することはないのですが、自分が正しいと思っていることを相手もやるべきと思い込んでいることがトラブルの火種です。
自分が「好き」と思っていることを相手に伝えれば、相手も悪い気はしないだろうという思い込みの延長がストーカーに発展します。自分が正しいと思い込んでいる仕事の流儀を部下に強要することがパワハラにつながります。友人とするような相手のプライベートに踏み込んだ話題を仕事の人間関係で持ち出して嫌がられたり、自分が良かれと思っていることを他人にしてやることが意外と疎まれたりします。
これらに共通することは、自分と相手の境界が曖昧だということです。もっと言うなら相手をコントロールしようとすることが苦しみやトラブルの原因であると言えます。自分は自分相手は相手、と思っていれば、自分が正しいと思うことを相手がやっていなくても気にする必要はありません。もし貴方が注意したことで相手の行動が変わったのだとしたら、相手が変わったのではなく「面倒な奴と関わらない手法」を相手がとっているだけです。