ブライトスタッフ通信vol.262

今年は全国的に見れば降雪量が多かったのかも知れませんが、飛騨地区は例年より少なかったのではないかと思います。少なくとも私の自宅では屋根の雪下ろしの心配をしなくて済んだのがありがたかったです。除雪を生業にされている方にとっては、ちょっとさみしい冬だったのかもしれません。

 前回、自分軸と他人軸ということについてお話ししましたが難しい点はなかったでしょうか。

自分が他人軸で考えているのか自分軸で考えているのかは、どんな時に心がざわつくのか、腹が立つのか、ワクワクするのかを考えると少し見えてきます。前回お話ししたように、心の隔壁を強固に出来たなら他人が何を言っても、どんな状況でも外界の出来事と気持ちを切り離して、ジェットコースターのような激しいアップダウンの気持ちでなくて、メリーゴーランドに乗ったくらい穏やかな気持ちでいられると思います

 

そのための第一歩として、自分の領域と他人の領域を認識する必要があります。たとえば他人が自分の家や部屋に土足でズカズカと踏み込んできたら「すみません、ここから内側は靴を脱いでもらえますか」と言うと思います。他人に自分の領域に踏み込まれて「ノー」と言えないのは、土足で家の中に入ってきた人を黙ってみている状態です。これで心の健康が保てるはずはないですよね。

自分の領域か他人の領域かが分からないと、自分の領域を冒されているということが分かりにくいかもしれません。自分の領域とは「自分の価値」「価値観」「仕事観」「倫理観」「恋愛観」「こだわり」「ファッションセンス」など自分の意志で決めているものです。他人から「それはおかしい」「こう考えたらどう?」「センス悪い」と言われた時に、その批判的な意見をしっかり受け止めてしまうと、気持ちが落ち込んでしまいます。逆に「すごいですね」「さすがです」と言われて有頂天になってしまう人も他人軸の人です。他人軸と言うのは他人の意見で自分の価値観が上がったり下がったりするということです。他人から褒められても貴方の価値が実際の価値以上に上がるわけでもなく、逆に批判される人生であっても自分の満足のいく人生ならば価値が下がるわけでは無いということです、自分の人生の価値は自分が決めると決断することが自分軸で生きるということです。

たとえば子供が親を喜ばせたいと思うのはごく自然な考えです。しかし親を喜ばせるために良い学校に行く、いい会社に勤めるというのは不健康な匂いがしてきます。「親の喜ぶ顔を見るのが自分の幸せだ」と思っている人の落とし穴は何処にあるのでしょうか。それは親が喜べば自分は幸せ、親が喜ばないことは自分も不幸せという人は、幸不幸のハンドルを親に握られてしまいます。自分で幸せになるためにハンドルを握れないということになります。親が賛成した人と結婚して果たして幸せが約束されているのでしょうか。もちろん人生経験の長い親の目で見てのことだとは思いますが、親も人間ですから間違うことだってあります。

自分軸を構築した人とは誰の意見も取り入れず、我が道を行くような人を想像しがちですが、まるっきり逆です。他人の意見を聞けないのは、自分軸を構築していないので、自分の心がグラつくのが怖いからでしょう。他人の意見を聞きながら、自分の意見も主張でき相手の良い点も取り入れることの出来る、しなやかなで健康的な生き方を手に入れませんか。