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ブライトスタッフ通信  vol.267

お盆が過ぎてもまだまだ暑い日が続いています。体調管理は大丈夫でしょうか。

今回は自分の心の中にある、「○○すべき」「かくあるべき」が貴方を苦しめているという話をしたいと思います。貴方は他人に対して腹が立った時に怒りの因数分解をしたことがありますか?怒りというのは実に複雑な要素が絡み合って起こる感情です。原因がいくつか絡み合って「悲しみ×期待を裏切られた口惜しさ×相手がこうすべきという固定観念」などというようにいくつかの感情が掛け算となって現れたりします。ここで数学(算数?)を思い出してほしいのですがどれか一つの因子が0であれば、答えは0ですよね。その他の因子が大きくてもどれか一つでも0因子が入れば出てくる解は0です。つまり怒りが大きい人は一つ一つの感情が掛け算となって大きな怒りとなって自分の心を支配してしまいます。その反対にどれか一つでも手放せたなら、怒りの感情も手放せるということです。完璧に怒りを無くすことは出来ないかもしれませんが、怒りの感情に振り回されることは少なくなるかもしれません。悲しみとか、口惜しさを手放すことはなかなか難しいかもしれませんが、相手がこうすべきという固定観念は訓練である程度手放すことができると言われます。

知人・友人の愚痴を思い出してください。95%いや99%と言っても良いくらい○○さんはかくあるべきという話題です。具体的な例を挙げてみると「今日ランチで○○へ行ったんだけどさー、そこの店員が無愛想でありがとうございますも言わなかったのよ」と言っている場合は「接客業の人は愛想良く振舞うべき」という固定観念から出てくる発想です。刑務所の中にあるレストランで、スタッフはすべて受刑者、味はいいけど接客態度は世界最低という評判のレストランでランチをしたとしたら同じように感じるでしょうか?愛想悪くて当たり前と思いませんか?

別の例を考えてみましょう。貴方が朝、会社に着いて部署の皆に「おはようございます」と言ったとします。ところが一部の人は目も合わせず挨拶もしません。こんな時に貴方ならどんな気持ちになりますか?「挨拶をされたら返すべき」という固定観念はありませんか?自分以外の皆が絶対に挨拶を返さないと公言している人(そんな人はいないと思いますが)だったらそもそも貴方から挨拶をすることも無いでしょうし、新入社員が入ってきて「誰も挨拶を返してくれない」と悲しんでいたら「ここの人は誰も挨拶しないんだよ」と慰めるでしょう。

つまりあなたの中の世界はこうあるべき、あの人はこう接するべき、こんなことは言うべきでないという固定観念(思い込み)が貴方を苦しめているのです。 他人に「かくあるべき」という型にはめようとする人は、自分の姿が客観的に見えていない気がします。自分は誰かの「かくあるべき」に応えられていないのに、他人には押し付けていることがよくあるからです。自分が誰かの「かくあるべき」を受入れ、他人の主張に対してその通りと素直に従って自分の行動を変えられるのならば何も言いません。しかし、(私もそうですが)他人から「かくあるべき」と言われて平常心を保てる人はどれだけあるでしょうか。交通法規に違反して警官に取り締まられた時でさえ素直に反省して違反切符にサイン出来ないのではないでしょうか。他の人は取り締まらずに何故自分だけ?なんて意味の分からない言い訳を考えてしまいます。自分が素直に受け入れられないんだから他人に「かくあるべき」を強要することは矛盾しているよねと思えたら「かくあるべき」を手放すことができると思います。まず自分が他人の「かくあるべき」に合わせた行動が出来ているかを客観的に観ることをお勧めします。